2005年02月05日
怖い歯科医
Nは本当に怖い目にあった。なじみの遠方の歯科医院に出向くのが面倒臭く、ちっとくらいの虫歯治療ならどこも差はないだろうと思ったのが大きな間違いであった。SF映画「未来世紀ブラジル」におけるラストシーンのような恐怖を味わうはめになったのである。
予約する時点で嫌な予感はしていた。三時四五分に電話を掛けたNに、やたらフガフガ言う落ち着きの無い声が応えたかと思うと「丁度三時半から四時まで空いてます。すぐ来てください!」というなりガチャンと切れてしまったのだ。Nがどこに住んでいるかも言っていないのに!しかし自宅から歩いて三分の距離だったのでNはのこのこ歩いて出かけていった。診察室には若い歯科医と老齢の歯科医が並んでいた。Nをフガフガ迎えたのは老齢の歯科医である。このフガフガ、についてはいわゆる総入れ歯の人の呼吸を表すフガフガではない。老医師の息遣いが妙に荒く、慌てて上ずっているのだ。挨拶も無しに診察台に登らされたNはまず、蝶の舞うが如く、ごく乱暴に額すれすれにふらふらするライトの強烈な光りに惑乱された。間髪いれず、ごく乱暴に、口の中に掻き出し棒が挿入される。
「これ、これ、これ?」
カン、カン、カン、と(ごく乱暴に)順繰りに歯を叩きながら老医師は問うて来た。たまらずNは右手を挙げて待った、をかけた。
「右上の奥から二番目、親知らずの隣の歯が少し痛いんです。」
「あぁ、こりゃ腐ってる。腐ってるよ神経が。虫歯も一杯だ・・・(考えている)削らないと!・・・レントゲン!」
診察台から立たされたNの胸はこの時既に、「自分の身は自分で守らねば、」という決意に震えていた。
「あの、今から削るんですか?実は明日から旅行に行くのですけれど」勿論嘘である。
「削って開放して、痛ければ、神経が腐っていない。腐っていれば、痛くない。」
「腐っているんですか?あのでも明日から旅行で・・・。」
「神経が腐ってれば痛くないから。」
見かねた若い歯科医が口をはさんだ。
「だから、明日から旅行に行かれるから突然痛くなったりすると困るという」
「だまってるぉ!!おまえわ!医者は一人で十分だ!この病院は医者が多すぎるんだ!」
老医師の瞳は炎のように燃えていた。若い歯科医は黙って席に戻っていった。捨て置かれたNの腕を老医師の婦人らしき白衣の女性がレントゲン室へと誘った。
「本当に、丁度予定が空いてたんですよー、30分も違えば行き違っちゃうもんね。ラッキィねー。」
などといいながら、Nの首に鉄の処女のような白い前掛けを回す。
ピュイーン、ピュイーン、と鳴るロボット機械が白いチップを咥えたNの周りをまわるのを、老医師は右手の小窓にめいいっぱい顔をつけて物凄い目で凝視していた。「マッド・サイエンティスト・・・。」Nの脳みその奥からとうとう怖さのはてに笑いのさざ波が立ち現れ、Nの意識は痺れるように遠くなった行った・・・。
再び診察台に昇らされたNに、老医師はピンセットの先につけた黒い小片をひらひらさせながら、
「見た?見た?見た?どうする?」
と聞いてきた。「はぁ?」目をこらすと小片をつきつけて
「これ。」
と言った、それはNの歯のレントゲン写真であった。
「ええと、まだそんなに痛くないですし、様子を見ます。明日から旅行ですし。」
と応えると老医師は、
「知らない!!(こんなやつ!)」と言うと
ローラー付きの椅子をシャーと漕いで部屋の隅に背を向けて行ってしまった。その後姿は拗ねているとしか言いようがない、とても懐かしい雰囲気だった。
以上、長文乱筆すみません。しかし、胸のつかえが少し取れました。
こんなコメントを頂きました。
2005年02月05日01:31 オイラー
いやー大変な目にあったようですね。
病院の当たり外れは
ラーメン屋のあたりはずれなんかとはわけが違いますからねぇ。
2005年02月05日05:13 小文
お医者さんがシャーとロールつきの
椅子を反動に任せて滑走するシーン、
昔2年間通っていた、耳鼻咽喉科の
怖いおじいさん医者を思い出しました
私が「痛い! 苦い!」と言って、
「ぺっぺっぺっーーー」
と吐き出した鼻薬の液体が
木の床にこぼれたのを見て、
「こらぁっ!!」と鬼のように怒って
くるりと椅子で背を向けて
一瞬見てくれなくなったのです
鼻にチューブをさされたまま、
情けないヒラメのような面立ちで
半べそかいたあの頃を
思い出しました
2005年02月04日
節分
Nはたった一人で豆まきを行った。豆はあらかじめ高幡不動で魔よけされたものを使った。玄関、居間、風呂場、トイレ、もの置き。しかし「鬼はーそと」「福はーうち」を言うタイミングが一人だとなかなか難しい。
鬼はー、ソトの「ソト」で上手く投げればなかなか素敵なフォルムなのだが、一人でやっているとだんだんずれてきて、唱える前にこぼすようにまいてしまったり、まくのを忘れてただ呪文のように唱えてうろうろしていたりするのだった。そして当然の如く家中豆だらけ。年の数だけ豆を食べてさらに鬱。でも、毎年やらないと不幸になる気がして、強迫観念のように止められない。来年は、有名人の来る豆まきにでも出掛けてお菓子やお金を貰う方に回ろう、と豆の中で決心するNであった。
こんなコメントを頂いています。
2005年02月04日14:18 オイラー
豆をまくと鬼が出て行くというより、豆をまいた後、掃除機をかけるので、部屋がきれいになるということのほうが、心理的に意味があるような気もしないでもないです。
半年くらいたってから、思わぬところから大豆が現れると、生命力のようなものを感じます。
2005年02月02日
万葉植物園
Nは近所にある万葉植物園に自転車で出掛けて行った。それは今から40年程前、偉いお坊さんが地元にある野草を集めて植えた国分寺内の庭であり、それぞれの草木に名前と、対応する万葉集のうたが立て札に書かれて添えてある。
たまかづら、つた、きづた、しひ、ちさ。声に出しても、そっと触れても楽しい。お花の名前をヒトにつけるというのは世界中にありふれた事象であるが、草木とヒトのアナロジィにはとりわけ日本的情趣を感じるな、とNは思った。将来子供を持ったらこの庭の草の中から名前を貰おう、などと夢想してウットリしていたのだが、Nの注意力が散漫なのか、網膜の肌目が粗いのか、どうも木と木、草と草(モットも、草はあんまり生えてなかったが)の違いが良く分からない。ひのきとすぎの元を行ったり来たりして見比べたが両方同じに見えてしまうNはびんぼう草とぺんぺん草しか本当には知らない都会っ子であった。葉っぱの形、木肌の色といったものが全然Nの頭ミソに刻まれないだ。先日、野草で常備薬を作る本を買ったので、今年の春からは草を摘んで、煎じて暮らしたいと思っているNだがこのままでは、あまりにも心もとない。くれぐれも毒杯を仰がないよう気をつけてもらいたいものだ。
こんなコメントをいただいてます。
2005年02月02日 03:29 オイラー
ほんと、気をつけてくださいね。
ちょっと心配です。お願いしますね。
2005年02月04日00:20 小文
小文そういうの詳しいよ あけびとか、むかごとか、煮て食べてたもん ちまきの巻く草も知ってるよ 蛇ともにらめっこしました エヘン
2005年02月04日03:44 ぬまぶん
えっ!?今度野原でいろいろ教えてくれ!きのことかもイケますか?
2005年02月01日
志茂田カゲキ
Nはテレビで志茂田カゲキを見た。ドキュメンタリー番組で久々に見る彼はいつのまにかすっかり、色気の抜けた、青年のような鋭さを持つおじいに成り変わっていた。若き日の彼は貧乏生活の後作家としての名声を得、その波に乗って陰で支えつづけた妻と子供を捨てようとしたんだそうだが、その頃のことを「僕はなんだか遠くにある花畑を一人で歩きたがっていたのかも」と振りかえっていた。
ロマンチストで、力のある男性には多かれ少なかれそういう願望があるのだろう、とNは思った。それでそのお花畑へ行くきっかけを第二の女性に投影するんだ。でも投影された女性もいつまでもその役を演じることは出来ないし、結局はお互いロマンを追うことに疲れてしまうんじゃないだろうか。しかしそんな事実は何時の間にか毛穴から意気を抜くように昇華して、こんな素敵なおじいに成った志茂田カゲキをズルイ、とNは思った。
こんなコメントを貰ってます
2005年02月02日00:26 小文
紙芝居屋さんをやっているようなイメージでしたが
あ、読み聞かせだったかしら
ステキじゃないですか?
それをはじめたきっかけの裏側に
老成の秘密があるとみた
